特別保存論文
年輪年代法に関する情報公開の取り組み
について
(季刊「古代史ネット」第4号巻頭言)
昨年10月に設立した「日本古代史ネットワーク」(以下、本会)は、本年(2021年)9月で1年を迎えることができました。
コロナ禍のなかでの厳しい船出ではありましたが、役員・会員の皆様方からの心強いご支援とご協力により、さまざまな事業に取り組むことができたことに心より御礼申し上げます。
ご承知のとおり、本会が取り組む重点テーマは次の6項目です。
- ① 日本人の起源
- ② 弥生時代から古墳時代
- ③ 邪馬台国論
- ④ 科学的年代測定法とその適用
- ⑤ 日本書紀・古事記・風土記の世界
- ⑥ 大陸との交流
昨年11月の設立記念講演会を皮切りに、丸地副会長主宰による解明委員会の開催や会員等からの論文募集、河村副会長主宰による季刊『古代史ネット』の刊行など、6項目の重点テーマに着実に取り組むとともに、野口理事を中心としてホームページの拡充やリモート機能の強化などにも取り組んできたところであります。
本年度後半から来年度においても、このような動きを加速して、着実な成果を上げていく所存でありますので、役員・会員ご一同の今後ますますのご支援とご協力をお願いする次第でございます。
今回は、上記の重点テーマのうち、「科学的年代測定法とその適用」についての、最新の取組み状況について報告させていただきます。
ご承知のとおり、古代史解明に極めて重要な役割を果たす科学的年代測定法として、「年輪年代法」と「炭素14年代法」があります。
とりわけ、奈良文化財研究所の光谷拓実氏が1980年(昭和55)から研究を進めた年輪年代法は、1985年(昭和60) から実用段階に入り、これ以降現在に至るまで、考古学、古建築、木彫仏などの年代測定に幅広く応用され、日本においてはすでに確立した科学的手法とみられております。
しかしながら、その適用の実態をみると、弥生中後期および古墳開始期が従来の通説より約100年遡上するなど、不可解な結果が指摘されています。
たとえば、大阪府池上曽根遺跡(弥生中期)のヒノキ柱根がBC52年伐採と測定され(1996年)、土器編年の従来通説より約100年遡上したことをはじめ、纏向石塚古墳・勝山古墳周濠出土ヒノキ材もAD200年頃伐採と測定され(1989年、2001年)、古墳時代の開始期も通説より約100年遡上し、この影響で纏向箸墓古墳もそれまでの通説であった4世紀前半から大幅に遡上し、3世紀中頃築造説も出されています(2008年、国立歴史民俗博物館が発表)。
また、飛鳥奈良時代の木造建物15事例(法隆寺五重塔心柱など)についても、測定値が文献記録とすべて100年以上の乖離が生じており、年輪年代法の標準パターンが飛鳥時代(640年頃)においても、「100年の接続ミス」を起こしている可能性が考えられます。
このように、年輪年代法は日本の古代史の解明にとって重大な影響を与えています。
そもそも新しい科学的な手法が導入されるに当たっては、その客観性と合理性、妥当性などについての「第三者による客観的で厳密な検証」が必要不可欠です。
日本および世界中で問題となった小保方氏のスタップ細胞についても、その実験に関わる基礎データが公開されるや、世界中の研究者がそのデータを精査し、再現不可能という検証結果が明らかとなって、悲惨な事態となったことは皆さんもよくご承知のこととおもいます。
光谷氏の年輪年代法についても、同様の問題が潜んでいます。
一般にはほとんど知られていませんが、年輪年代法の基礎的データがまったく公開されておらず、したがって第三者による客観的な検証を受けないまま一人歩きしているのが実態です。
「モノサシ」となるべき標準パターンと基礎データが非公開とされ、一般の研究者がその妥当性を客観的に検証できない状況が約40年間も続いています。
これらのデータは、もとより国家機密(軍事機密・外交機密)でもなく、ましてや個人情報にもまったく無関係で、本来的に研究者・研究機関・大学など広く国民にオープンにすべき性格の情報です。それがブラックボックス状態となっています。
このことは、古代史解明のためにはきわめて重大な問題です。
前述したように、年輪年代法の実際の適用に当たって、いろいろな問題が生じていますが、くわえて、炭素14年代法の国際較正曲線が2020年8月に改訂され、Intcal20として発表されました。このIntcal20では、日本産樹木の年輪データが大幅に採用されていますが、炭素14年代法の較正曲線は年輪年代データが基準とされることから、年輪年代の基礎データの重要性がますます高まっています。
本会においては、本年3月20日の理事会および6月19日の総会において、「年輪年代法に関する情報公開請求」を決議し、去る7月13日に独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所に対して「年輪年代法に関する法人文書開示請求書」を提出したところです。
その後、8月下旬に、独立行政法人国立文化財機構より「開示可否」の回答を30日間延長し「9月24日」を回答期限とする文書が当会の代理人弁護士宛てに郵送されました。
前述したように、科学的手法に対しては、その客観性・合理性・妥当性を担保する第三者の客観的検証が必要不可欠です。これは科学の分野のイロハともいうべき大原則です。科学の世界では、そのような検証を受けていないものは、主観的な仮説にとどまるものです。このような仮説が一人歩きしていることが、年輪年代法の本質的な問題です。
情報公開を受けた場合、本会としては、日本のみならず世界中の研究者にすべて公開いたします。このことによって、日本の年輪年代法が科学的手法として確立し、客観的に検証されるならば、それはそれで学問の進歩にとって大いに歓迎すべきと考えております。
こうしたなか、独立行政法人国立文化財機構から9月22日付けで開示しない旨の回答が寄せられました。現在その内容について精査しているところでありますが、いずれにしても、近々開示請求訴訟を行う予定で準備を進めております。
どうか本会の取り組みに対して、皆さま方のご理解とご支援、ご協力を賜りますよう切にお願い申し上げます。