「弥生人はなぜ神殿の柱に700年前の木材を使ったのか 紀元前1世紀の『大雨説』も謎深く」2024/08/04 産経ニュース NEW!
産経ニュース 2024/08/04 の記事より
<コメント=丸地三郎(当会会長)> 2024/08/25
1990年代に奈良文化財研究所の光谷拓実氏が調査・発表し、紀元前52年以降の建物であることが判明したことで、弥生時代の年代が約100年遡るということで話題になったのが、この池上曽根遺跡です。
光谷氏が30年後に再度計測した結果、当時調査した5本の柱根のうち、柱12の年輪は、前回と同じ紀元前52年でしたが、他の4本については大幅に異なっていました。その理由は、年代測定の「モノサシ」である暦年標準パターンを新たに作成し直したことによって判明したとのことです。計測結果によると、700年以上古い柱材が使用されていたため、光谷氏は酸素同位体比年輪年代法の測定グループに測定を依頼し、この再調査が行われました。
5本中4本の計測結果が異なっていたことから、年輪年代測定法の信憑性が改めて問題視される発表と言えるでしょう。
この計測結果を受け、考古学者たちは2種類の異なる科学的測定方法の結果が一致したことから正しいと判断しましたが、同一建築物に700年も違う年代の木材が使われたという現象とその理由に困惑しています。
新聞記事としては、朝日新聞や毎日新聞が関連記事を掲載していますが、そのいずれも年代測定自体の信憑性については論じていません。本当に問題はないのでしょうか?
年輪を使って歴史的な年代を調べる方法の基本は、まず2~3千年にわたる年輪の「モノサシ」を作成することにあります。「モノサシ」が完成して初めて、調べたい対象の樹木や板材の年輪を計測し、「モノサシ」と比較する作業が可能となります。比較して、最も近似している部分を探し、合致したところで年代が確定されます。この「モノサシ」を作成する作業は膨大であり、その精度が計測の精度を決定づけます。通常、樹木の寿命は数百年ですので、2~3千年にわたる「モノサシ」を作るには、その全ての期間に存在していた樹木とその年輪が必要です。全ての期間の年輪を集めることで、初めて「モノサシ」が完成するわけです。
今回の発表のもととなった「古代学研究240号」の論文では、光谷拓実氏の年輪年代法について、「現在までに蓄積してきた年輪データに基づき新規に作成したヒノキの暦年標準パターン(前1127年~後251年)を使用して再検討した」と記載されています。一方で、中塚武氏などの酸素同位体比年輪年代法では、「中部・近畿地方の針葉樹材(ヒノキとコウヤマキが主体)から作成した既存の標準年輪曲線(Nakatsuka et al.,2020:Sano et al.,2022)を紀元前1085年まで延長させた最新データを用いて」と記載され、いずれも新しい「モノサシ」を使用したことが示されています。両方とも、新しい「モノサシ」を作成し、計測が行われたことになります。その「モノサシ」は大丈夫でしょうか?
ご存知ない方も多いと思いますが、酸素同位体比年輪年代法の「モノサシ」である「標準年輪曲線」(従来は「マスタークロノロジー」と呼ばれてきました)は、年輪年代法の「暦年標準パターン」と密接な関係があります。酸素同位体比年輪年代法の開発には、日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)が使用されています。科研費プロジェクトの内容は公開されており、誰でも知ることが可能です。ネット検索すると、「酸素同位体比を用いた新しい木材年輪年代法の高度化に関する研究」が見つかります。代表者は中塚武教授であり、研究協力者の筆頭として光谷拓実氏の名前があります。その「研究成果報告」によれば、「研究の方法」として「第一に、年輪幅によるマスタークロノロジーの構築のため、これまでに現生木や古建築材、遺跡出土材や埋没木などの多数の木材試料を取得してきた光谷拓実氏ら年輪年代学の研究者に呼びかけ、試料の提供と酸素同位体比年輪年代法への参加を募った」と記され、光谷氏の貢献が述べられています。
この二つの「モノサシ」の関係については、光谷氏の年輪年代法の数値データが一切公開されていないため、残念ながら検証のしようがなく、不明です。光谷氏の年輪年代法については、数値データの公開を求める情報公開請求を行いましたが、拒絶されたため、現在裁判が進行中です。
この両者の関係については、当会ウェブサイト「古代史を解明する会」2023/10 の PDF 資料「科学的年代測定法」の27頁前後に記載されています。また、光谷氏の年輪幅を測定する方法と、中塚氏の酸素同位体を用いる方法の概要も図表とともに記載されていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。
「古代学研究240号」の論文では、対象樹木の年輪データと比較して決定した「モノサシ」である「暦年標準パターン」や「標準年輪曲線・マスタークロノロジー」について、折れ線グラフのみが表示されています。両方の計測法が同じ方式で発表されています。このやり方は、従来から光谷氏が年輪年代法で発表してきた方法と同様で、図表・グラフのみが表示され、数値データが公表されていないため、科学的とは言えません。現在、訴訟となっている問題点です。
科学であるならば、外部の科学者が再検証できるデータの公開が必須であるという常識があります。年代を決定する際に使用した、個々の年輪の数値データと「モノサシ」となる「暦年標準パターン」や「標準年輪曲線・マスタークロノロジー」の数値データを公開し、外部の科学者が再検証できるようにすべきです。
今回は、年輪年代法も酸素同位体比年輪年代法も、新しい「モノサシ」を用いて年代決定が行われています。両方の新しい「モノサシ」の作成データ、その作成に用いられた樹木とそのデータ、そして年代の基準としたデータを早急に公開し、外部の科学者が再検証できる条件を整えるべきです。
古代史関連で科学的な研究調査報告が行われる場合、科学の基本である「外部の科学者によって検証できるか」という再現性の確認が行われないことが続いています。今回の件も同様で、非常に残念なことです。