最終更新日:
2026/01/23

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「謎めく銅鐸 厚いベールに挑む」朝日新聞朝刊/Asahi.com 有料記事 New!

朝日新聞(2026/01/13)の記事

▼新聞記事
朝日新聞2026/01/13の記事「謎めく銅鐸 厚いベールに挑む」
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<コメント=丸地三郎(当会会長)>
2026/01/23

2026年1月13日の朝日新聞朝刊に、「謎めく銅鐸 厚いベールの挑む」との記事が掲載されました。期待を持って読むと、銅鐸の埋納時期を取り上げており、その埋納の時期が、従来の説では弥生終末期とされていましたが、一斉埋納がそれ以前の時期にもあったとの説を取り上げていました。2017年にニュース・リリースされた兵庫県淡路島の砂の堆積地で発掘された松帆銅鐸の年代発表が新しい一斉埋納時期の根拠になっています。

実は、このニュース・リリースは、炭素14の誤った年代発表でしたが、その指摘がされずにそのままになっていました。従って、その結果は、この記事に見られるような混乱を引き起こしていました。それが、この新聞記事から判り、非常に残念に思いました。

年代測定を担当したのは、奈良文化財研究所で、科学的方法で測定した結果を、非科学的な処置をして、誤ったまま発表していました。年輪年代法と同様に、秀れた科学的方法を使いながら、誤った処置により、非科学的な間違った発表を行い、この事例でも歴史学の研究を妨げています。

炭素14年代測定に関しては、科学的で信頼できるものですが、取り扱いには、留意が必要とされています。科学的一般常識としては、以下の点に留意するべきことが知られています。

  • 試料の汚染(コンタミネーション)
    • ⟡ 古い炭素の混入: 石灰岩など放射性炭素を含まない古い炭素が混入すると、年代は実際より古く測定されます。
  • リザーバー効果(環境による誤差)
    • ⟡ 海洋効果: 海水中の炭素は大気より古いため、魚や貝、海獣を摂取した生物の年代は実年代より数百〜千年以上古く測定されることがあります。

松帆銅鐸の場合、海の中にある淡路島で発見され、砂の堆積場所から発掘されているため、汚染状況が判らないことは、最初から指摘されていました。その中で、「古い炭素の混入」や「海洋リザーバー効果」が懸念されることは当然と言えます。従って、計測結果の発表では、上記の可能性を考慮して発表すべきでした。

奈文研の資料・別紙では、計測された8点の試料について、下記のようなグラフを複数掲載しています。

図1 炭素含有率と14C年代 図2 グラファイト重量と14C年代
  • 図1と図2は、画像をクリック(タップ)すると拡大)

8点の試料と計測結果には、何らかの法則あることを示しています。従って、試料全体が、何かの影響を受けていることになります。このような条件の中で、3点は、正確な年代が測れたとして発表し、残り4点は不正確として排除しているが、その根拠は無い。このように、統一性が見られる試料は、全てを取り上げるか、又は、全てを取り下げるべきものと一般的には理解されます。この場合には、取り下げるべきもの。

奈文研は、「海洋リザーバー効果」などを一切言及せず、銅鐸付着物の年代を紀元前4世紀~紀元前2世紀としている。従来の弥生時代の年代観では、弥生人の渡来時期又は、以前となり、矛盾が生じます。同じく炭素14年代測定を誤って使い年代発表を行っている歴博の500年さかのぼった弥生開始時期に合致した年代となっています。

科学的な年代計測の場合、非科学的な取り扱いを行い、誤った発表をして、歴史を混乱させることは止めて欲しいものです。


尚、蛇足ですが、コメントします。

奈文研の発表内容は、科学的な基礎データが欠けています。

AMSの測定では、結果として、まず、14C/12C比が求められます。

次に、その比から「放射性炭素年代」が産出されます。

最後に、「放射性炭素年代」を「較正曲線」によって、実年代に変換します。

この「較正曲線」は、科学の進歩により、凡そ7年毎に更新されています。

研究のためには、最新の較正曲線で実年代を確認する必要があります。

  • 奈文研の発表は、この「較正曲線」で変換された年代だけが記載されています。
  • 本来、記載されるべきは、「放射性炭素年代」が、掲載されていません。従って、最新の較正曲線・IntCal20での較正結果が確認できません。
  • 科学的な発表としながら、科学的検証・再検証を忌避しており、非科学的と云えます。

「アズキ栽培 日本発祥だった ゲノム解析 大陸説覆す」2025/06/18 朝日新聞夕刊 New!

朝日新聞夕刊(2025/06/18)の記事

▼新聞記事
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元記事:

<コメント=丸地三郎(当会会長)>
2025/06/18

2025年6月18日の朝日新聞夕刊で報じられたニュースによると、赤飯や和菓子に欠かせないアズキの栽培は、縄文時代の日本で始まったことが、国立研究開発法人の農研機構と台湾大学の研究チームによるゲノム解析で明らかになりました。これは、これまで有力視されてきた「イネやムギと同様に弥生時代に大陸から伝わった」という説を覆す、画期的な成果です。

農研機構のプレスリリースから、試料の採取地とゲノム解析の結果をみる。

図1.解析に使用した栽培アズキ(栽培)およびヤブツルアズキ(野生)の採取地
図2.栽培アズキおよびヤブツルアズキの葉緑体ゲノム配列に基づく主成分分析

ゲノム解析の結果、アズキの栽培化は少なくとも1万年前、縄文時代後期から日本で始まっていたことが判明しました。これは、縄文時代にも農業が存在したことを裏付ける非常に大きな発見です。

しかし、この発見は同時に新たな疑問も生み出します。日本で栽培が始まったとされるアズキは、現在、中国北部から南部、さらには東アジアからネパール・ブータンまで広く分布しています。従来、中国起源説が有力だったことを考えると、その栽培時期は数千年以上前と考えられます。

もしアズキが日本で生まれたとすれば、数千年前に日本生まれの栽培アズキを中国本土に伝えた人々は誰だったのでしょうか? 周りを海に囲まれ、歩いての往来が不可能な日本から中国へ、どのように伝達されたのか、この点が次の大きな疑問となります。

同様の例として、1万年以上前に日本で使われ始めた漆や漆器が、7千年前には中国の河姆渡(かぼと)遺跡で使用されていたことも知られています。このように、縄文時代の日本と大陸との間の交流の謎は、さらに深まるばかりです。

この重要な発見について、もう一度新聞記事を読み返し、詳細を確認してみることをお勧めします。

追伸: アズキの発掘状況が判りましたので、追伸します。

  1. 日本における最も古いアズキの出土は、滋賀県の粟津あわづ湖底遺跡(6000年前)からのもの。
  2. 次に古いアズキの出土は、福井県の縄文前期(5000~6000年前)の遺跡である鳥浜貝塚からのもの。
  3. その後、日本では、青森県の三内丸山さんないまるやま遺跡(4000~5000年前)、鳥取県の桂見かつらみ遺跡(4000~5000年前)、富山県の桜町遺跡(4000年前)、京都府の桑飼下くわがいしも遺跡(3000~4000年前)などからアズキの種子の出土がみられるようになる。
  4. 韓国でアズキの種子が確認された最も古い遺跡は韓国慶尚南道キョンサンナムトの南道遺跡(5000年前)
  5. 中国において発掘された最古のアズキ種子は、山東半島龍山文化の両城鎮りょうじょうちん(Liangchengzhen)遺跡(4000年前)から発見されたもの。

調査・試験研究:「アズキの起源地と作物進化」 著者 独立行政法人 農業生物資源研究所・ジーバンク 友岡憲彦ほか より抜粋しました。

朝鮮半島へは、古くから日本のものが運ばれていたことも判りました。

「歴史教科書で学んだ「渡来人」の本当の正体 古代人のDNA解析でかつての「定説」が覆った」~武光誠の意見

東洋経済オンライン 2025/03/03 の記事より

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元記事:

<コメント=丸地三郎(当会会長)>
2025/03/14

内容は、

「近年発表された古代人のDNA解析の成果により、古墳時代の人びとの25%は朝鮮半島からの移住者であることが明らかになり、歴史教科書で学んだ「渡来人」をとりまくイメージは一変しています。これは、日本の文化の成り立ちにも関わってくるトピックです。」

として、金沢大学や理化学研究所が発表した最新論文を示し、武光誠氏の著書『渡来人とは何者か』を紹介している。紹介のポイントは、日本人の先祖は三系統から成るとするもので、DNA/ゲノム解析を根拠としている。

読む前に留意して頂きたいことは、ここで示した『金沢大学や理化学研究所が発表した最新論文』は、誤りと指摘されている論文であること。当会では過去2回にわたり指摘している。(下記を参照下さい。)

  1. 古代史を解明する会の第45回「土井ヶ浜遺跡の人骨DNA解析結果」(2024年11月9日)でご紹介した論文で、「弥生人を代表するゲノムデータ」は、土井ガ浜遺跡の人骨DNAとすべきで、上記の最新論文で「弥生人を代表するゲノムデータ」として採用した下本山岩陰遺跡人のDNAは、適切でないことが、明白になった。
  2. 新着ニュース “要注意”の朝日新聞記事:日本人の「完成」は古墳時代だった? DNAを分析、ルーツに新説 の中で、誤りを指摘した。「上記の最新論文」が弥生人の代表サンプルとして取り上げた下本山岩陰人について、下本山岩陰遺跡人のDNAを解析した著者が記載した論文を調べた処、このDNAを「弥生人を代表するサンプル」と扱わないように注意書きを記していた。しかも、この下本山岩陰人は、一般の縄文人に共通する特徴を備えたと記載している。
  • 画像出典:「渡来人とは何者か」武光誠 著、河出書房新社 刊

図「日本人の三重構造」の中の「弥生人」のデータは「下本山岩陰遺跡人」で、西北九州弥生人(縄文人)と言われ、縄文人と同様の骨格を持つ人のデータ。九州の縄文人に、弥生人の血が入っている可能性を示し、問題提起が行われた。
図の中の「古墳人」のデータは、弥生人である土井ヶ浜遺跡の人骨DNA解析結果に近似。

この武光氏が論拠としている論文は、完全に誤りであることが指摘されている。今回の東洋経済オンラインの記事は、誤りを増長し、誤った知識を広めるもの。誤った根拠と論文から成り立つ「日本人の先祖は三系統から成る」とする誤った説の拡散は止めて頂きたい。

奈良文化財研究所が「年輪年代測定データをネットで初公開、研究者の追検証や利活用に期待」 産経ニュース

産経ニュース 2024/12/19 の記事より

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元記事:

<コメント=丸地三郎(当会会長)>
2024/12/24

当会では、奈良文化財研究所(奈文研と略称)に対して、年輪年代法の基礎情報を情報公開のデータ公開を求めて公訴し、約3年かけて裁判を行って来ました。その判決が来年2025年1月に結審する予定です。その裁判に直接かかわるような奈文研の発表とニュース記事が出ました。

記事の通り、年代測定を行う基本的な情報である測定対象の画像データ・測定箇所の画像データ・年輪幅データなどを同研究所のネット上で公開するとのことです。公開の意義を他者による追検証を可能なものとするとしています。これらのことは、原告の当「日本古代史ネットワーク」が、被告の奈文研に対して要求してきたことと同様に見えます。裁判では、奈文研側が公開しないとして争ってきた内容です。不思議なことが起きたように見えます。

12/20には、下記の図のように、実際に公開されました。

  • 画像は奈文研のデータ・リポジトリ
    https://sitereports.nabunken.go.jp/files/cultural_data_repository/cultural_datum/2/2040/download/29ho008.zip
    より。
公開名称・場所及びURL

平城京左京三条一坊一坪出土遺物の年輪年代データセット - 文化財データリポジトリ - 全国遺跡報告総覧
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/search-cultural-data-repository/item/74

奈文研の「年輪年代法データセットの公開」の目的や意義、今後の展望が、奈文研側のプレス・リリース資料に詳しく掲載されています。興味のある方は、ご覧いただけると幸いです。
https://www.nabunken.go.jp/news/docs/20241219press.pdf